東大駒場キャンパス周辺・渋谷WESTの地域情報を紹介


by mtejima1
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『ミシュランガイド東京』が今月22日に発売されたが、初版12万部が3日間でほぼ完売したとのことで、第2版が12月13日から書店に並ぶと発表されている。ミシュランガイドに紹介された店に行こうという日本人が多いのだろうか。発売に先駆けて関係者が神田明神で成功祈願式を行ったのが幸を奏したのかも知れない。
でもより価値があるのは英語版ではないのか。英語での東京レストランガイドにはアメリカの『ZAGAT』というのがあるようだが、こちらは専門家が調査して評価したものではないともいわれる。いずれにせよ、東京のレストランに対する外国人の関心が高まることは歓迎すべきことだ。
そこで、渋谷WESTも英語版を作ることにした。東京の渋谷といえば世界的にも知名度が高まっているようだし、Shibuyaで検索してひっかかるようになるとアクセスも増えるだろうとの計算もある。渋谷区や目黒区も英語版のホームページがあるが、英語のサイトというのが以外に少ないことも知った。日本人でもホームページを見ない人が多いのだから、英語のホームページがなくても不便ではないといえないこともないが、ホームページで情報を集めることに慣れた人にはもどかしいものもあるだろう。1週間もすれば公開できるので、外国人にお知り合いがあればPRをお願いします。
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by mtejima1 | 2007-11-30 14:19 | 渋谷
日本の建物がもともと木造だったのことが、古い街並みを残すことを難しくしている。木造建築は現在ではコストもかかるし、防災上の面からの規制もある。何よりも木造建築の高さでは土地の効率が悪いのが都心部だ。それでも一挙に変えるわけにはいかないので、さまざまな建物が全く調和のないまま混沌とした姿をさらしている。
円山町は木造の立派な建物が、新しいビルの狭間に何軒も残っている。花街のなごりといえるのだろうか。そんな建物の一つが消えた。
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by mtejima1 | 2007-11-29 19:29 | 神泉・円山町・松涛
百軒店の千代田稲荷は、道玄坂、道玄坂小路、文化村通り、ランブリングストリートに四方を囲まれている坂や階段の上にある地域の一番奥に祀られている。しかし、このエリアの入口には風俗店やラブホテルが目立ち、道も狭いので行き交う人は少ない。千代田稲荷があることを知る人は地元の人に限られるだろう。
この千代田稲荷の名前は千代田区の千代田なのだそうで、太田道灌が江戸城を建築した1457年に京都の伏見稲荷から勧請してきたとされている。その後1602年、徳川家康の江戸城拡張の折に渋谷宮益坂に移された。関東大震災の1923年には百軒店に移り、更に戦後現在の場所に移動したとのことだ。昨年8月に改修されたばかりなのだが、渋谷の中心にある歴史のある神社としてもっと知られるようになってもよいのだが。
この千代田稲荷のすぐそばに名曲喫茶ライオンがある。ライオンのコーヒーの味はロンドンのライオンベーカリー直伝とあり、昭和元年の創業だ。昭和20年の東京大空襲で全焼したが昭和25年に初代と同様のデザインで再建したものが現在の店。中に入ると名曲喫茶だから当然音楽が聞こえてくるのだが、同時に床を歩くと、みしみしという音がする。冬季はガスストーブにヤカンをのせて暖房をしているのだから時代を感じさせる。
最近昭和30年代の雰囲気に人気が出ているが、ライオンはまさに昭和30年代そのもの。椅子のすわり心地はよいとはいえないが、昭和30年代とはそんな時代だったのだろう。
静かにクラシック音楽を楽しむには格好の場所だ。
でもこの一角、今のところ若い人たちが気軽にくる雰囲気でないのが残念だ。ライオンの客の年齢層はかなり高い。
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ライオンの裏口
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by mtejima1 | 2007-11-28 14:56 | 神泉・円山町・松涛
目黒区役所で「建物の絶対高さ制限・敷地面積の最低限度の都市計画変更一次素案 説明会」というものがあったので聞きに行って来た。絶対高さ制限として60mを最高限度とし、山手通り沿道で30mとする案だから、相当踏み込んでいると思う。各地のマンション紛争からも当然の流れと思っているのだが、質問した住民の方からは「こうした制限は地権者の権利を侵害するものだ。区長の考えであるのなら、選挙で争ってほしい」との意見が出た。
そもそも今回のような重要な説明会に出席する参加者が少ないのが問題だとの意見もあった。周知されていないということなのだろうが、テレビで放送する遠い世界しか知らない人が多くなっているわけだから、行政の担当者を責めてもはじまらないと思う。目黒区報で大きく取り上げているし、説明会も6回開催するのだ。
いずれにせよ、こうした身近な問題に多くの人が関心を持つような地域社会になってほしいし、そうした声を集めるのが議員の仕事なのではないかと思う。
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by mtejima1 | 2007-11-27 21:33 | 地域社会
近所の神社の神様が何なのかを知る機会は少ない。何も知らずに祈願をしたり、おみくじを引いたりするわけだ。お寺と神社の違いもよく分からないから、初詣など特に区別することもなく祈願をする。お札やお守りなど、神社のものか寺院のものかの区別すらしにくい。結婚式で突然キリスト教の神様に誓ったりすることすらあるのだから、多くの日本人にとっての神様や仏様は自分の願いを適えてくださるものでしかないといってもよいのかもしれない。
そんなことだから、近所の神社の神様がどんな神様なのかを知らない人の方が多そうだ。
近所の神社というのは大橋の氷川神社。この氷川神社の敷地の中には浅間神社もあるのだが、そのことがどれだけ意識されているだろう。1816年に建造された玉川通りから52段上る石段とは別に、そのすぐ横の交番のところから目黒富士の登山口というのもあって、氷川神社の境内の浅間神社へと導く。
氷川神社は旧上目黒村の鎮守で、江戸幕府ができる前の天正年間に鎮座したのがはじまりとされる。祭神はスサノオノミコトほか、といってもどんな神様なのか日本神話を知らないとわからないのだが。日本の神様はウィキペディアにその名前が列挙されているが、まさに八百よろずの神ということになっている。
一方の浅間神社は富士山信仰にかかわるものだ。目黒富士という人工の山(富士塚)が現在の中目黒から代官山に上る目切坂のところにかつてあり、そこにあった石祠や富士講という富士山を信仰するグループの碑が昭和18年に移された。浅間神社の社殿もある。参道ができたのは昭和52年とあるからそう古いわけではない。
人生いろいろどころか神様もいろいろというのが日本の宗教なのだろう。一神教の人たちには理解に苦しむところかもしれないが、信仰の対象の違う人たちが平和に共存してきたのが日本だとすれば、それは素晴らしいことなのではないだろうか。
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by mtejima1 | 2007-11-26 18:58 | 駒場
駒場祭でプロレスをやっていた。学生だからアマチュアなのだけど、アマチュアレスリングというとオリンピック種目のレスリングになってしまう。アマチュアプロレスというと変だが学生プロレスというとなんとなく分かったようになる。でもタッグマッチをした4人の平均年齢は30代になるそうだ。屋外リングを偶然見かけたのだが、面白くて1時間近く見てしまった。
見ていると結構危険なことをやっているのだが、怪我をしないからたいしたものだ。
主体は「一橋大学世界プロレスリング同盟」で、東大の学生も大学院生が2人参加しているそうだ。見たのはタッグマッチ、セミファイナル、ファイナルの3試合。抱腹絶倒で楽しめた。
プロレスをナマで見たことはないのだが、リングのそばでのプロレスはテレビでは分からない面白さがあると思う。この学生プロレスは出前興行にも応じるそうだ。「インチキ万歳」と書かれたハッピを着て「インチキ一筋30年」を掲げている。新入部員がいないので、来年は駒場祭ではできないかもしれないという。代々木公園の何かのイベントとかで出前興行を頼むとよいのかも知れない。目黒のSUN祭りなんかでどうだろう。PTAの発想ではダメといわれそうだが、東大でもやっていたプロレスといえばOKとなるかも。
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by mtejima1 | 2007-11-25 22:19 | 駒場
今日も駒場祭に行ってきた。お目当てはDNAを調べてもらうこと。ところが会場は1時間待ちの行列。並んでまでもと思い、何か見るものはと探していたら、ベリーダンスの呼び込みをしていたので会場に行ってみた。入場料はトルコ風のコーヒーか紅茶がついて500円だから学園祭のイベントの価格としては高いかもしれない。でもベリーダンスをナマで見たことがないので、教室に入ってトルコ風という紅茶をたのんで席に着いた。机と椅子が固定された教室なので踊るスペースは狭い。教室の後ろにスピーカーを置いて、中東の音楽を流し、ダンサーが席の後ろから登場して一ずつ5人が踊るのを見るという趣向で、観客は10数名ほどだった。
ダンスは会場の雰囲気が大事だ。照明なんかも重要な演出なのだろう。このメンバーは外の会場で踊ることもあるそうだが、地元のコスタラティーナの屋上に登場したインディアン風テントの中で踊ってもらうのもよいかも知れない。8人しか入れない狭いスペースなので観客は外から眺めるということになるのかも。でもやるとすればやっぱり3階のスペースなんだろうね。
コスタラティーナの屋上に最近張られた白いテントは、8名までのグループのための冬季限定パーティ会場だ。
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by mtejima1 | 2007-11-24 16:45 | 駒場
東大の駒場祭にはメイド喫茶もあって客引きをやっている。中には女装の男子学生のものもあるのだが、その並びに巫女姿の女子学生が迎える巫女カフェがある。でも巫女姿はただの看板娘。会場には「東大神社」があって、東大合格のおみくじを引かせたり、25日の午後1時からは巫女カフェ内で靖国問題討論会も開催する。主催は東京大学神社・神道研究会。世界初の神社系総合学術サークルとして今年の1月に設立されたばかりということをホームページで知った。
会場には「千五百秋」(ちいほあき)と題する神道系雑誌の創刊号がおいてある。奥付を見ると2007年11月23日発行で、まさに今日だったのだ。創刊の辞に、この雑誌は「東京大学における神道研究再興の一助となり、また多くの人びとに神道という日本文化の存在を知ってもらうきっかけとなることを目指す」と書かれていて、壮大なスケールの夢のあることがうかがえる。値段のない50ページばかりの小冊子なのだが読んでみると内容が濃くておもしろい。神道とは何なのかがこれを読んでひとおり理解できたように思えるのだから素晴らしい。
巫女カフェは25日まで駒場キャンパスの時計台のある校舎の1階でやっているので、恥ずかしがらずに中に入り、東大神社に参拝の上、「千五百秋」を手にしてみられることをお勧めしたい。
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by mtejima1 | 2007-11-23 15:42 | 駒場
栄通りのBunkamuraの方から来て松涛公園に向かう道が分かれるところに、以前から事務所として使っていた建物があるのだが、その入り口に「Galettoria」という表示のあるオーニングテントがかかった。入り口に置いてあったパンフレットによると、「ガレットを気軽に食べられるレストラン」という意味の造語なのだそうだ。ガレットとはフランス北西部発祥の素朴な伝統郷土料理。そば粉から作られるものをガレットというのに対し、小麦粉から作られるのがクレープだと書かれている。
食材はオーガニックにこだわり、野菜、フルーツ、卵から調味料まで納得のいくものを厳選しているとある。それをガレットと共に食べるのか。
「フランスの片田舎にあるメゾン・ドットで過ごすひととき」をコンセプトにしているということで、インテリアもフランス製のものにしている。栄通りを上がったメゾン・ド・マニーの2階にあるヴィア・フランスの姉妹店らしい。
栄通りが代官山化のようになるという見通しが裏づけられるような店の雰囲気ともいえる。男性には中に入りづらいものがあるかもしれないが。
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by mtejima1 | 2007-11-22 16:23 | お店の紹介
道玄坂の百軒店商店街がある丘には、江戸時代は富士山を信仰する集団富士講の江戸最大の講中、山吉講の代々の講元吉田家があった。正保年間(1644-48年)に富士山頂の金明水を発見してから、山吉講を御水講と呼ぶようになっていた。江戸に散在する御水講直属の枝講は、年中行事の登山の途中に必ず道玄坂の講元を訪れ、「立拝」と称する祈願ののちに出発した。また、御縁年という12年目ごとの申年の登山には江戸府内全部の御水講が道玄坂に集合して富士に詣でるしきたりがあった。江戸時代の道玄坂は、富士講の講元があることによって広く知られていたという。吉田家は道玄坂一帯に広い土地を持ち、茶園も経営していたが、明治の中ごろ、大分県竹田市の岡城主、明治維新で伯爵となった中川家が現在の百軒店のある土地を吉田家から譲り受け邸宅を構えたが、吉田家は終戦まで山吉講の講元であったとされている。今から60年以上も前のことだ。
前置きが長くなったが、江戸時代の講について、現在「江戸の良さを見直す会」の講元(世話役)をされている方からお話をうかがったので、かつて道玄坂にあった講についての記述を紹介してみた。
「江戸の良さを見直す会」とは1965年に故芝三光氏が「江戸講」を惜しみ、非公開の「講」を公開しようとの趣旨で結成されたものである。マナーとしての「江戸しぐさ」は、公共広告機構の広告などで知られるようになっているが、講の運営方法など、もっと社会的なものがあるようだ。
手元にある「江戸の良さを見直す会」の講元の著書から、その内容をこのブログで少しづる取り上げてみることにする。あだ名で呼び合い、年齢、肩書き、学歴、家柄などのこだわりをなくして交流する講の精神は、ブログへのコメントのやりとりに通ずるものがあるのかも知れない。
富士講の伝統のあるこの地域で、何年か後に新しい講が誕生することになればとも思っているのだ。
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by mtejima1 | 2007-11-21 19:00 | 江戸しぐさ