東大駒場キャンパス周辺・渋谷WESTの地域情報を紹介


by mtejima1
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 目黒区議会の都市環境委員会を傍聴した。委員会の議員7名(委員長、副委員長を除いて)からの質問に区の管理職が答えるというもの。今回2度目だが大変勉強になる。皆さん住民のために真剣に議論をしているのだ。時間があれば、傍聴して納得するなり、違うのではないか、などと思ったりするとよい。そのうえでどなたでも議員の方に相談するとよいだろう。

 今回の目的は駒場の公園拡張についての陳情書の審議。陳情書の内容について理解いただけたものと思う。

 いずれにせよ、身近な自治体に関心をもつことは大事だと思う。不正が起こるのは一般住民の政治への無関心からではないのか。 テレビで政治討論を見るくらいなら、自分に直接関係のある自治体にでかけて関心のある委員会を傍聴する方がよいと思うのだが。
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by mtejima1 | 2004-11-26 00:00
 中目黒から目黒川沿いの山手通りまでの両岸には個性のあるバーがいくつかある。山手通りにぶつかる手前にあるのがVEGAS。天井の高い広々とした空間でゆったりとくつろげる。とはいっても音楽と映像がかもしだす異空間にはいささかの戸惑いがあるかもしれない。ふつうの人には入りにくい雰囲気ではあるが、値段はいたってリーズナブル。今をときめくアパレル界の彗星フェイクレディク社のショールームと思って楽しむといい。

 山手通りに面したビルの1階にある、ショットバー「扉」の扉は入り口らしくない。看板が出ているのだが、その入り口はビルの奥かとも思った。「皆さんそうおっしゃいます。」ということではあるのだが。照明は暗く、お香がただよう。カウンターに席をとると、普通のバー。あたりまえだが。カウンターの前には焼酎の一升ビンが並ぶ。

 このバーの社長はホームページに「社長日記」を公開している。人柄がわかって面白い。渋谷WEST日記は地域情報優先で個人的なことを書かないことにしているが、これからは個人的なことをインターネットで公開することが、その人に信用につながるようになるのだろう。「別に公開する必要はない」、というスタンスでは社会的信用を得られなってくるだろう。それは絶対によいことだと思う。

 隠れ家的なようだが、決してそんなことはなく、開放的な店だ。
 http://www.doors-dining.co.jp/



 
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by mtejima1 | 2004-11-22 23:49 | お店の紹介

買い物(11月21日)

 どこで何が買えるかは大事な情報だ。近所にすべてがあるわけではない。かつて物も店も多くなかった時代には、都心に出れば何でも買えた。

 ところが現在は買い物のニーズが多様化し、店の品揃えも都心と郊外では異なる。都心に住めば便利というわけではない。

 渋谷WESTも都心型の地域だ。高級品はいくらでもあるのだが、実用品は限られる。郊外のホームセンターなんかにあるようなものを東急ハンズで探しても見つからない。

 家庭的な生活をする人が少ないからだろう。 金額を気にせず、またコンビニと外食で食事を済ませ、家事をしなければ買い物の心配はない。 趣味のもの、高級品ならいくらでもある。

 それでも数ある店の中には郊外の大型店にあるようなものを置いているところもあるだろう。 そんな情報が分かるようになるとよいのだが。
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by mtejima1 | 2004-11-21 14:33
 東大駒場博物館で開催されている「駒場の歴史展」をゆっくり見てきた。目黒区役所にまでポスターを置いているが、「駒場の歴史展」ではなく旧制一高の歴史展だ。駒場の歴史は2階の階段をあがったところにある数枚の地図を見て考えるしかない。

 江戸時代の将軍の鷹狩場が明治10年に農学校の用地として利用されることになり、大正8年に東京帝国大学農学部となった。明治13年の地図では、畑と林の中、現在のキャンパスの北側にあった三田用水に沿って、農学校が鷹狩場そのままの姿であったことがしのばれる。

 昭和8年の正門の写真が展示されている。「現在の炊事門付近か」とのコメントだが、山手通りで栄通りにつながるところにコンクリートの塊が1対残っている。これが正門の跡だと聞いており、当時の地図を見ても間違いない。今もバス停は東大前だ。

 昭和8年には井の頭線が開通した。それから正門が移動したのだろうが、それがいつなのかがわからない。昭和10年に東京帝国大学農学部が第一高等学校になり、駅名が一高前となったのだが、その前はなんという駅名だったのだろう。

 「駒場の歴史展」は一高が駒場に来てからのことはほとんどない。膨大な史料の中から選びかねるてしまうのかも知れない。駅名だって当時の新聞を捜せばわかるのだが、その手間をかけていられないのだ。日本史だってこの60年は歴史として書かれていないようだが、恐らく時間をかけて調べればほとんど何でもわかってしまうので、うかつなことは書けないのではないかと、思いが飛躍してしまった。

 
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by mtejima1 | 2004-11-16 18:56 | 駒場
 暑い日が4ヶ月も続くとその後の激しい季節の変化への対応を忘れる。夕方6時になるともう真っ暗だ。いつのまにこんなに、とも思う。駒場キャンパスは6時に授業が終わるようで、一斉に学生たちが出てくる。キャンパスから出てどこに行くのか。学生街といえる街が外にないのがさびしい。

 寒さを感じるようになると街の光景に寂しさも感ずる。この季節、地震や台風の被害にあった人たちにとっては気がめいるばかりでないかと心配をするが、今、日本全体になんともいえない陰鬱さがただよっているように思う。

 そういえばこの一年、オリンピックやプロ野球など、スポーツだけが明るい年ではなかったか。そのシーズンが終わってしまい、気持ちのはけ口が見当たらないような気がする。

 芸術の秋、文化の秋。元気の素をこのまちで探してみたい。
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by mtejima1 | 2004-11-13 23:45
 山手通りの松見坂交差点を走る唯一の路線バスがある。新宿と箱根を結ぶ小田急箱根高速バスだ。大橋のバス停を出るとすぐに玉川通りの上の高速道路に入り、東名御殿場から乙女峠を越えて仙石原に降りる。大橋のバス停から仙石原まで1時間40分。玉川通り沿いのただのバス停が、東京で箱根に一番近い入り口なのだ。

 このバスは30分ごとに出ていて、大橋から仙石高原までの往復だと3,330円という割引乗車券が発売されている。乗り換えなしで箱根まで気軽に行ける。早速試してみなくてはいけないのだが。
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by mtejima1 | 2004-11-09 20:02
 山手通りが玉川通りの下をくぐるところの前後は人通りがほとんどないのだが、そんなところに日本地図センターがあってあらゆる種類の地図を販売している。日本全国の地図はもちろんのこと、住宅地図から過去の地図まで、こんなにもと思うほどのものがある。

 一番目立つところに積んであったのが新潟の地震被災地の住宅地図。今買う人が多いからだろうか。山の地図もいろいろある。

 現在の地図を見て位置関係を確認するのも楽しいが、過去の地図を見てその変化をあらためて知るのも感慨深い。ひやかしで来る人はいないような場所なのだが、のぞくだけで楽しいだろう。平日の9時から17時30分までの営業だ。
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by mtejima1 | 2004-11-04 15:02 | お店の紹介
 大橋から中目黒駅にかけての目黒川に沿った道に、ファッション関係の店が増えてきた。先端を行くような感覚のカフェも出てきている。入り口で炎を飾りに使ったり、古い住宅をそのまま使ったり、どこも個性豊かな雰囲気だ。 個性を競い合っているともいえるだろうか。

 中国菓子の文琳茶菓舗とチーズケーキのヨハンが人気のようだ。代官山から降りてきて中目黒に抜ける推薦コースがあるのかもしれない。

 川沿いの静かな道は、昼間の散歩や、深夜の語らいに格好の場所になっている。 現在、両岸のあちこちで新しい建物が工事中で、大橋ジャンクションの巨大プロジェクトにもつながるのだろう。 桜の名所として知られるようになったが、普段は休日でもそれほどの人出はない。 これから注目を集めることになりそうだ。
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by mtejima1 | 2004-11-03 18:09
 東大駒場キャンパス内の駒場博物館で駒場の歴史展が始まった。12月17日まで、一高の歴史を主体に写真、地図をはじめ、一高の保管文書類が紹介されている。
 一高が駒場に来たのは昭和10年で、その直前は東大農学部だった。井の頭線ができる前の正門が山手通りに面していたこともわかる。
 映像も放映されていて、昭和10年の東京の風景を見ることができる。
 昭和22年に米軍が撮影した駒場の航空写真は、現在と比較して感慨深いものがある。駒場在住の方には是非ごらんいただきたい。
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by mtejima1 | 2004-11-02 10:40 | 駒場