東大駒場キャンパス周辺・渋谷WESTの地域情報を紹介


by mtejima1
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<   2004年 10月 ( 25 )   > この月の画像一覧

自転車(10月31日)

 自転車がスピードを出して歩道を走る。渋谷は東京の繁華街のなかでも自転車が多い街だろう。道玄坂の坂道をいきおいよく下る光景も良く見る。文化村通りの東急本店に面した歩道も駐輪場のようになっている。放置自転車の問題もあるし、自転車泥棒もよくあるらしい。

 見ていて危ないと思うこともあり、またマナーの上からも感心しないことも少なくないが、それでも自動車ほど危険でなく、場所をとらない。人間の力で走るのだから究極のクリーンエネルギーだ。

 問題は街が自転車を考えた作り方になっていないことだ。自由に使える駐輪場を整備することで、自動車の利用がばかばかしくなるとよい。東京は自転車と地下鉄の組み合わせで移動するのが一番便利かもしれない。会員制のレンタル自転車システムなんかも考えられるだろう。ICタグで所在がわかるようにすれば、可能性はひろがる。
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by mtejima1 | 2004-10-31 23:13
 駒場キャンパスでの「高校生のための金曜特別講座」、昨夜は、高橋哲哉教授による「心と戦争」と題する靖国神社についての講義。政教分離の憲法問題、A級戦犯合祀問題のほかに、感情的な断絶の問題があることが紹介された。靖国神社への参拝問題に対し、正反対の感情がある事実を直接の資料にもとづいて説明され大変参考になった。

 質問で、会場の高校生が中学生のときに、現代史を全く学ぶ機会がなかったことについて、なんでそうなるのか、ということがあり、難しい問題が多いので、教える立場の先生が時間切れにしてしまいがち、という回答があった。

 靖国神社の問題を含め、現代史について問題の所在に気のつく機会がない、ということにはならないようにする必要があるのだが、なかなか大変な問題のようだ。
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by mtejima1 | 2004-10-30 15:12
 インターネットの書店で買った本を受け取りにセブンイレブンにいった。ちょうど昼休みで混んでいたので、商品を眺めてみた。コンビニにおいてあるものを詳しくみた記憶はないが、食品の種類が多いことは想像外だった。弁当の類は以前から知っていたが、惣菜が結構そろっている。さんまの塩焼きなんかもレンジで暖めればよいようになっている。たこのぶつ切りもある。日替わりでいろいろあるのだろう。

 冷凍食品やお湯かけ食品なんかを組み合わせれば、料理のいらない生活ができる。菓子やアイスクリーム、焼酎、ワインなどもいろいろある。間に合わせの商品があるのがコンビニだと思っていたが、そうでもない。買い物や料理に時間を使わずに生活をするのが時代の風潮のようだから、コンビニ商品活用生活術というものがあってもよいかもしれない。買い物はコンビニだけですますというものだ。もっともそんな生活をしている人たちは既に多く、紹介して自慢するほどのことではないようではあるが。
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by mtejima1 | 2004-10-27 14:28
 渋谷から東北沢を経て幡ヶ谷折り返し所まで走る東急バスがある。30分おきなので、利用者は限られるだろう。そのバス停に東大前と東大裏がある。いずれも山手通り沿いだ。東大裏は確かに東大の裏門があり、停留所を降りて東大のキャンパスに入る人も、少ないだろうがいるだろう。しかし、東大前のバス停が、何でそんな名前なのかは理解できないと思う。

 答えは昔そこから東大の正門に向かう道があったからだが、現在その道は東大の開かずの門にぶつかるため、車はほとんど通らない。その道に車で入ると迷路のようになってしまう。何しろ駒場は車を拒否しているようなまちだから。

 停留所のある松涛2丁目の交差点には、ヤマザキ動物専門学校、セントラル病院、コナミスポーツ渋谷、デンソー東京支店が4つ角を占めている。山手通りの渋目陸橋が交差点の上を走っていることもあり暗い。六本木も同様なのだが、ここもいずれ40年前の六本木のようにならないともいえない。栄通りの拡張で文化村通りからまっすぐこれるところだ。
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by mtejima1 | 2004-10-25 23:46
 1965年7月11日に井の頭線の駒場駅と東大前駅が「合併」して駒場東大前駅となった。東大前商店街は駅前商店街ではなくなった。それから36年を経て、2001年8月には駒場寮が強制執行により明渡された。寮の学生がいなくなってしまった。

 そんなことで、東大前商店街はすっかりさびれている。シャッター通りを越えて、廃屋通りとすらいえる。地元の住民が利用するのは居酒屋とコンビニ。なんともさびしい。買い物は下北沢、渋谷、池尻大橋にでかけることができる。大学の前にありながら書店すらない。キャンパス内で必要なものがほとんどそろう。それどころか誰もが利用できるレストランまでキャンパス内にできてしまった。

 店だった建物が壊され、ワンルームマンションに建て替えられる。商店街の雰囲気が消えるのはさびしい。なんとかならないものか、ということになるがむずかしそうだ。

 そんな中でも商店街の裏道にあるバーには客が来ているようだ。事業というもの、時代の変化に合わせなくてはいけない、とひとごととしていうのは簡単なのだが。
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by mtejima1 | 2004-10-24 23:42 | 駒場

大工事(10月23日)

 玉川通りの大橋付近のビルが次々に壊されている。その跡の広大な土地が工事中だ。久しぶりに見ると以前あった建物が消えている。まちが消えてしまったという思いを改めてする。これから3年、工事中の状態が続く。

 工事中のまちは決してよいものではない。見た目は悪いし、トラックの出入りで道路も遮られる。何よりもそこは誰も利用できない場所なのだ。でも一面ではそれは産業の現場でもある。工場でものを作るのと同じ意味で建物を作っているわけだ。見苦しくともそのような工事で、経済的効果がでる。企業の生産が落ち込むと公共事業で景気対策をするということの意味を改めて実感する。それが借金でまかなわれ、その返済をどうするのかという心配にまで発展もする。

 何はともあれ、この近所で生活する人たちにとってこの広い工事現場は、工業地帯で生活しているような気分にさせるだろう。道路づくりに伴うものだが、これ以上道路を増やすより、道路交通を減らすことを考えるべき時代になっているとも思う。殺風景な光景を見て、大工事が文字通り建設的であった時代とは違ってきていることを感じないだろうか。
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by mtejima1 | 2004-10-23 21:36
 毎週金曜日の東大教養学部公開講座、今日は「科学技術の発展と人間社会」という内容だった。講師は廣野喜幸先生。科学技術の進展によりどのような問題が起こるかというテーマだ。科学技術の不可逆性ということで、一旦ある技術が定着するとそれをもとにもどすことができなくなることが展開された。

 自動車は3週間で免許をとれば誰もが運転ができる。それが年間8千人の人が交通事故で死亡する社会となっている。いまさら自動車産業をなくすわけにはいかない。せめて中国が自動車を誰もが運転するような社会にしないように日本などから働きかけをしているのだが、それは先進国のエゴととられる。

 そのようにテクノロジーを評価する仕組みが社会には必要だ。医療過誤や交通事故などで、その技術を評価する必要性が高まるということだった。

 ヨーロッパでは自転車が見直されている。駐輪場の整備がされ違法駐輪がなくなっているとのこと。駒場も自動車が入りにくい街で、そういう意味では先進的なのだろう。渋谷への道も自転車が増えているようだ。自動車を利用しないでも生活ができる社会の方が便利だと思うのだが。
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by mtejima1 | 2004-10-22 23:14
 夜の散歩道が都会の魅力かもしれない。そんなことをアピールできるような街並みがほしい。

 今夜はそんな思いの散歩をした。まず、松涛2丁目の交差点から栄通りに入った。交差点の角には8階立てのスポーツクラブがあり、1階ロビーの様子がガラスごしに見える。夜8時過ぎだが、これから混むのだろう。その先は、右側には小さな割烹料理屋が1軒とそこから50メートルばかり先にこれまた小さなバーが1軒。左側は美容院があり、つづいて4軒のバーが同じ建物の1階に並ぶ。その先は両側に中層住宅だ。右側は道路拡張用地となっていて荒れている感じ。それでもくだりの坂道は見とおしがよく、気持ちのよい散歩道だ。

 bunkamuraに近づくと両側にさまざまな店が並ぶ。コンビニが2軒、歯科医や八百屋なども建物は都心風。でも渋谷のイメージとは違う。そうしてbunkamura前の交差点近くになると何とも異質な店が乱立する。オーチャードホールのイメージとはほど遠い。交差点の先は文化村通り。右は飲食店のビルが並び、左は東急本店のブランドショップのショーウィンドウだ。これもアンバランス。

 bunkamuraに入ると9時前なのにもう閉館の雰囲気。地下のレストランの前には使用積みのテーブルクロスを積み上げていた。もうラストオーダーが終わっているのか。すぐ横の美術書専門店をのぞいた。背表紙を眺めるだけで芸術の世界に入ったような気分になる。いずれにせよ、休日の夕方の文化的な雰囲気のない楽屋裏のようないつもと同じ夜のbunkamuraだ。

 bunkamuraからランブリングロードの坂道を上がる。両側は飲食店。右側に映画館の工事がはじまった。坂をあがると巨大なライブハウスが並ぶ。その手前を右にまがると、けばけばしいネオンのホテル街となる。出てくるカップル、入るカップルを横目で見ながらとおりぬけると、昔の花街をしのばせる円山町のメインストリートにでる。

 元検番通りに入る前の小道から階段をおりて、神泉駅の踏み切りにでる。また坂道をあがり、今度は暗い住宅地を歩いて旧山手通りにでる。通りを渡る信号の横のビルの一階は寿司屋。10人も入れば満員の店だ。信号をわたって旧山手通りをガラスの船のようなトヨタのカーテラスまで歩き、そこから淡島通りを下って松見坂交差点についた。

 この夜の散歩道、NHKの「小さな旅」に紹介してもいいかもしれない。
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by mtejima1 | 2004-10-21 23:09
 駐車場のいらないまちづくり、という考え方はないのか。車で来てもらう必要はありませんという意思表示をするまちだ。駒場はそういうことをしているようだ。

 井の頭線の駅がまちの真中にある。東大の駒場キャンパスでは正門で入構がチェックされ、キャンパス内の駐車場スペースはわずかだ。車での来訪ができないようになっている。ほとんど専用の駅の入り口があるのだから、それを利用してもらえばよい。タクシーなどで狭い一方通行の道を通ってたどりつくよりよいだろう。

 ちなみに駒場キャンパスにたどり着く車の道は、松涛2丁目の交差点にあった。現在も東大前のパス停があるところだ。その道からキャンパスに入る門が閉ざされているので、車は通らない。門を開ければ便利化もしれないが、それをしないところが立派だ。

 駒場には車がまともに通れる道はない。一方通行でないのにすれ違いのできない道だらけだ。淡島通りにでればバスもタクシーもひっきりなしに通る。車で来てもらう必要のないまちだから駐車場はいらないのだ。

 だからまちに車は少ない。一見不便なようだが、車なんか走っていない方がよい。

 
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by mtejima1 | 2004-10-20 18:36
 地域社会ということばが良く使われる。でもそのことばをメディアを通じて使っている人たちが地域社会に根ざした活動をしているのだろうか。地域社会とは町会のことといってもよい。それ以外は地域の一部の人たちの集まりにすぎない。
 青少年委員会、防犯委員会、商店会、消防団等いろいろあるが、すべては町会とつながる。町会長は選挙で選ばれるわけではない。暗黙の了解のもとに決められる。しかし、そのような町会によって運営されている地域社会は論じられることがない。あるべき姿、いわば机上の空論で地域社会が議論されているようにも思われる。
 政治の現場はそこにある。だが学校では町会のことなど教えない。いや政治学者もそこまでの分析はしていない。住民ということばも、抽象的な個人としての意味しかないのではないか。行政担当者も政治学者も言論人も、まず町会のメンバーとなってみることだ。さもないとその世界を知り尽くしている政治家に馬鹿にされるだけだろう。
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by mtejima1 | 2004-10-19 21:05