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by mtejima1
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カテゴリ:江戸しぐさ( 6 )

江戸の良さが見直されるようになってしばらく経つが、最近はどうなのだろうか。目新しさを求めるのが世の中とはいえ、地球環境問題の中で循環型の都市江戸の評価が衰えていることはないだろう。
そんな江戸しぐさを学べる本が簡単に手に入るようにした。江戸しぐさを知るには、こうした本を読むことがてっとり早い。書店で見てからといっているとなかなか機会がないから、ここで一冊どうぞ。
http://www.shibuya-west.com/edoshigusa.html
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by mtejima1 | 2008-07-17 12:50 | 江戸しぐさ
「江戸しぐさを習いたいのですけど、どこで習ったらいいのでしょう?」という質問があった。江戸しぐさという言葉は広く知られるようになっているようだ。そんな希望に答えられるブログがスタートした。「江戸の良さを見直す会」の講元である花鳥旨子さんによるもので、「浦島太郎の残し文」がそのタイトル。浦島太郎というのは江戸しぐさの講元が使う名前で、本名を出さないのが江戸しぐさなのだそうだ。花鳥旨子も本名でない。
詳しくはブログで。http://edoshigusa.cocolog-nifty.com/blog/
江戸しぐさは今月発売されたマンガ雑誌でも取り上げられている。「江戸しぐさ残すべし-初代江戸しぐさの伝承者芝三光の世界」というものだ。花鳥旨子さんも本名で登場している。小学館の「ビッグコミック1」という新しい時代歴史コミック誌なのだが、コンビニでは売っていないようだ。大きな書店でもなかなか見つけにくいかも知れないが、探して読まれることをお勧めしたい。「今後200年江戸の事を語ってはならぬ!」と大久保利通が江戸の資料を封じ込めたとか、興味深いことがマンガで分かりやすく描かれている。
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by mtejima1 | 2008-03-06 12:42 | 江戸しぐさ
法人会から新年のニュースレターが送られてきた。全国法人会総連合(全法連)の『ほうじん』と目黒法人会の『法人めぐろ』だ。
そこで目立つのは「江戸しぐさ」。『ほうじん』には、全法連の安西会長の巻頭言として、本屋に並ぶ江戸しぐさの書籍の多さにふれながら、「法人会の活動を通じ、将来の子孫たちに「平成しぐさ」と呼べるものを、少しでも残せるようありたいものだ」と書かれている。また、NPO法人江戸しぐさ理事長の越川さんへのインタビュー記事には、「江戸しぐさは、江戸商人たちが、よき商人としていかに生きるべきか、また共倒れしないために、どうやって円滑な人間関係を築き保持するかといった共生のための知恵や生活哲学ともいえます。・・・・江戸しぐさの基本的な考え方は江戸の共生は互角で向き合い、互角で言い合い、互角で付き合うことです」として、今こそ、もう一度見直してみる価値がある、との提言がされている。
『法人めぐろ』には、江戸の良さを見直す会の講元である和城さんの『江戸しぐさ考』という連載がある。6回目になる1月号では、「面白い講のカズカズ」として、「入れ替え講」「孫添え講」「大八講」「姉様人形講」など、本当なのかと疑ってしまうほど愉快な例があげられている。
今年の法人会は江戸しぐさで何かをするようなことが起るかもしれない。
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by mtejima1 | 2008-01-14 18:02 | 江戸しぐさ
今日はブログを書いている仲間の新年会がある。「もみじ日記」のもみじさんがそのことに触れているのでこちらでも。
江戸には幕末の天保の頃には400余りの講があったそうで、当時の江戸の人口を100万人とすると2500人当たり一つの講があった計算となる。このあたりだと百軒店にあった富士講が知られている。講では本名は名乗らず、どういう立場の人かも知らずにおつきあいをしたそうだ。ブロガーも本名を出さずに書いているケースが多いので、ブロガーのつながりは現代版の講ともいってもよさそうだ。江戸仕草のように、ブロガー仕草らしきものが出来てきてもいるようだ。ミクシーではコミュニティでオフ会なんかをやっているが、ブログ仲間は別にコミュニティというものでもない。どんなことになるのか、なりゆき次第というのも、会則などを持っていなかったという江戸講に通ずるものかもしれない。場所は井の頭線渋谷駅のすぐそば。常連専用のような居酒屋だ。
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by mtejima1 | 2008-01-07 17:43 | 江戸しぐさ
江戸時代と明治時代そして戦後と世の中の考え方は変わってきた。それでもそれぞれの時代に受けた教育は次の時代に引き継がれていると思う。江戸時代の教育を受けた人がほとんどいなくなった大正時代に刊行された中学校の修身の教科書にはこんなことが書いてある。
「我等の父母は、何を求めんとして我等を中学校に入れたるか。思うに我等の心身の発育を完全にし、内は以て家道の振興を図り、外は以て社会国家に貢献する所ある有為の人物たらしめんが為に外ならざるべし」と。
この修身の教科書は昭和20年まで使われていた。だから、現在80歳にならない人たちもこの教科書で勉強し、戦後の日本で指導的な立場を担ってきたわけだ。
これに対し、江戸時代の寺子屋では講についてつぎのように教えたそうだ。
「お講とは、人と人とがしっかり手を取り合うところです。しっかり手を取り合うことをお付き合いといいます。そこで、お講はお付き合いの場ということができます。みなさんもこの寺子屋で人と人とがしっかり手と手を取り合うことができるように、つまりしっかりしたお付き合いができる人になるようにしっかり勉強してください。そして、この日本一のお江戸に、いつまでも安心して住めるように、お付き合いをしていってください」と。
戦後の教育も戦前同様、江戸時代は封建社会の暗黒時代と教えられたが、今の世の中、江戸時代の教えに学ぶ点が多いのではないか。「女大学」などという悪名高いものもあるが、そこで教えられたことが実行されていれば、教える必要などなかったのではないかとも思う。「江戸の良さを見直す会」の勉強をもっとしてみよう。
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by mtejima1 | 2008-01-06 21:32 | 江戸しぐさ
道玄坂の百軒店商店街がある丘には、江戸時代は富士山を信仰する集団富士講の江戸最大の講中、山吉講の代々の講元吉田家があった。正保年間(1644-48年)に富士山頂の金明水を発見してから、山吉講を御水講と呼ぶようになっていた。江戸に散在する御水講直属の枝講は、年中行事の登山の途中に必ず道玄坂の講元を訪れ、「立拝」と称する祈願ののちに出発した。また、御縁年という12年目ごとの申年の登山には江戸府内全部の御水講が道玄坂に集合して富士に詣でるしきたりがあった。江戸時代の道玄坂は、富士講の講元があることによって広く知られていたという。吉田家は道玄坂一帯に広い土地を持ち、茶園も経営していたが、明治の中ごろ、大分県竹田市の岡城主、明治維新で伯爵となった中川家が現在の百軒店のある土地を吉田家から譲り受け邸宅を構えたが、吉田家は終戦まで山吉講の講元であったとされている。今から60年以上も前のことだ。
前置きが長くなったが、江戸時代の講について、現在「江戸の良さを見直す会」の講元(世話役)をされている方からお話をうかがったので、かつて道玄坂にあった講についての記述を紹介してみた。
「江戸の良さを見直す会」とは1965年に故芝三光氏が「江戸講」を惜しみ、非公開の「講」を公開しようとの趣旨で結成されたものである。マナーとしての「江戸しぐさ」は、公共広告機構の広告などで知られるようになっているが、講の運営方法など、もっと社会的なものがあるようだ。
手元にある「江戸の良さを見直す会」の講元の著書から、その内容をこのブログで少しづる取り上げてみることにする。あだ名で呼び合い、年齢、肩書き、学歴、家柄などのこだわりをなくして交流する講の精神は、ブログへのコメントのやりとりに通ずるものがあるのかも知れない。
富士講の伝統のあるこの地域で、何年か後に新しい講が誕生することになればとも思っているのだ。
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by mtejima1 | 2007-11-21 19:00 | 江戸しぐさ