東大駒場キャンパス周辺・渋谷WESTの地域情報を紹介


by mtejima1
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カテゴリ:駒場( 286 )

駒場に稲荷神社があることを知る人は少ない。場所は駒場老人いこいの家の隣なのだが、その前の道すら通る人は限られる。通りから更に草深い小道を入ったところにあるのだ。このような神社はプライベートなもので、屋内に作られる神棚の規模を大きくしたようなものなのだろう。鳥居の前には金属製の低い門があり、由緒どころか、名前すら分からない。私的な神社は工場の敷地内などにもあるわけで、東京ではビルの上にも見られるようだ。虎ノ門の航空会館の屋上にある航空神社もその一つなのか。航空平安祈願の神社となっているから公的な神社かもしれない。http://www.aero.or.jp/jinjya/jinjya.html
写真は駒場にある神社。
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by mtejima1 | 2008-09-17 11:42 | 駒場
山手通りの地下深く、中央環状新宿線の工事が行われている。あと1年半で開通の予定なのだが、どんな道路になるかは、現在開通している区間の映像を見ると想像がつく。ただ、地下深いところから螺旋状の道路で首都高速まで上がっていく光景は特別のものになるだろう。東京の新名所になるとしても、そこを運転して楽しい人とそうでない人に分かれそうだ。
そこで、渋谷駅(マークシティ)から大橋ジャンクションに入り、西新宿ジャンクションから新宿駅(南口)まで往復する観光バスがあるとよい。見学に来る人たちも、乗用車で通るよりバスの方が快適だと思う。車体も暗闇が延々と続く道路に合ったインテリアとし、電子音楽が流れるようにする。もちろんスーパークリーンディーゼル車などの次世代低公害車だ。
首都高速道路株式会社の事業としても、自動車メーカーの事業としてもよいのではないか。自動車のデザインを工夫するだけで、スペースマウンテンより魅力的なアトラクションになるだろう。


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by mtejima1 | 2008-09-14 09:53 | 駒場
今月のこまばアゴラ劇場は外国の劇団によるものばかり。今週の9日から13日まではベルギーの王立フランドル劇場とトランスカンカナルによる公演で、フラマン語・ワロン語というベルギーの言葉での上演。18日から21日は、スイスのテアトル・デュ・ムーランヌフによるもので、フランス語で上演される。共に日本語の字幕が付く。
9月24日から28日はスペイン・カナリア諸島のテアトロフィーアの公演。これは3人の役者による無言劇だから字幕はいらない。
東大前商店街という場所のイメージとは随分かけ離れたことをやるものだという印象はあるのだが、パントマイムなら案外気軽に楽しめるのかもしれない。
そのテアトロフィーアの映像があったので、紹介する。



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by mtejima1 | 2008-09-10 12:19 | 駒場
45年前までは現在の旧山手通りが山手通りだった。中目黒から大橋の氷川神社下まで山手通りの分岐道があり、トロリーバスが走っていて、氷川神社下で玉川通りにぶつかり、大坂を登って道玄坂に出ていた。
現在の姿になったのは、1964年の東京オリンピック開催に向けて松見坂周辺の住宅地が幹線道路として整備されてからだ。この区間の山手通りは、拡幅ではなく、新規に道路を通したもので、当初はもっと西寄りに作る案もあったそうだ。だから現在の道路の姿は偶然にできたものといえる。同じ時期に淡島通りの拡幅もあった。このあたりの住宅を壊して、広い道路の空間にしたわけだ。だからだろうか、道路に面して高層マンションが並び、コンビニなんかはないので寂しい。
山手通りを横切る松見坂交差点の横断歩道は、長くて傾斜があり、気持ちよい散歩道とは言いがたくなっている。
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by mtejima1 | 2008-09-05 13:40 | 駒場
草むしりという言葉がある。農地や花壇なんかでは、植えた植物を守るために必要な作業で除草剤なんかも使われる。しかし、その必要がなければ、草ぼうぼうでよいのではないか。ぺんぺん草などが生えているのは管理が悪いということで、昔は学校で草むしりをさせられたものだが、最近はどうなのだろう。人間の意図しない生命は駆除するという考え方なのかな、と考えたりもする。
自然が豊かで強く、その中で人間の領域を細々と築いていた時代には、ここは人間が管理する場所だ、という証として雑草を抜いていたのかもしれない。しかし今、自然が乏しくなって環境問題への対応もあり、屋上緑化ということまで言われるようになっているほどだから、自然に生える雑草は貴重なものとしなくてはならない。
松見坂交差点側の山手通りの歩道にセイタカアワダチソウらしき草が生えている。これを景観をそこねると見るか、環境緑化に貢献する貴重な植物と見るか、意見は分かれそうだ。
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by mtejima1 | 2008-09-04 11:25 | 駒場
「悪夢というのは何の関係もないものが出てくるもの。このプログラムは悪夢ではないのか。オープニングのムーンリバーが今でも耳から離れない」と落語の枕にもされて、こまばアゴラ劇場恒例夏のサミット参加、東京寄席スタイル2日目の公演が昨夜行われた。
チンドン屋をモチーフにしたような感じで、懐かしいムーンリバーを演奏するオープニングの後に、立川志ら乃さんの落語。その次がJIROX DOLLS SHOWという手作りアートともいえそうなパフォーマンス。その後にまた柳家三之助さんの落語があり、最後はダンス評論家の武藤大祐さんのトークといった具合だ。落語を中心にしているが、開演の演奏と幕間のパフォーマンスが斬新ということになる。昔の寄席はそんなものだったというが、本当かどうかは分からない。ちょっと普通と違うところがアゴラ風といえるのだろうか。
こまばアゴラ劇場で落語が聴けることをホームページで知り、ふらふらと出かけたのだが、中に入ると客が次々と入って来て満席。当日券があったのが幸運だったとしなくてはならない。ともかくバラエティ番組として笑いを満喫できた2時間だった。
会場をセミが一匹飛んでいたのも演出だったのかどうかは謎だ。

蛇足になるが、この公演の解説としてこんなことが書かれている。

噺家が入れ替わり出演する寄席の「スタイル」を借りた企画。
「とにかくおもしろいものが観たい!」新進気鋭の噺家とパフォーマーによるショーケース的な時間。「では何をおもしろいと思うのか」など、観る意味、欲求、価値観の形成などについて、主催者とゲストがトークをします。

観客はそんなことを考える人たちばかりだったようで、純粋に落語を聴きたい人はアゴラ劇場にはなじまないのだろう。でも、こんなプログラムがアゴラ劇場でもっとあるとよい、などというのは無理なことなのだろうか。
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by mtejima1 | 2008-09-03 09:25 | 駒場
もう何年も工事現場状態が続いていてまるで産業道路沿いの工場地帯といった趣の大橋なのだが、平成23年度には空中庭園ができるそうだ。まだまだ遠い先の話なのだが、その完成イメージを示す合成写真が高層マンションのプリズムタワーの現場に掲示されている。プリズムタワーは総戸数216戸で現在の販売戸数は3戸ということなのでほぼ完売というところか。内店舗事務所は6戸で来年3月に完成予定だ。
大橋ジャンクションの開通がその1年後で、空中庭園の完成は更に2年後、そして山手通り沿いの高層ビルの完成までは更にその1年後の平成24年度となっている。工事中の状態が延々と続く。その頃の日本はどうなっているだろう。消費税、株価、為替レートを始め、予想できないことばかりだが、工事の見通しはまず確かだ。でも道路特定財源の問題から遅れることもあり得るのだろうか。
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by mtejima1 | 2008-08-18 18:08 | 駒場
淡島通りは松見坂で中央分離帯のある区間が300メートルほどある。東京オリンピックの時に淡島通り全体を拡張しようとして間に合わず、ここだけが広くなったともいわれている。もう44年以上も昔のことだ。そのときまで山手通りはなかった。
緑の中央分離帯のある区間は、渋谷区と目黒区の境界となるところから坂を下りて松見坂交差点を渡り、坂を上りきったあたりまで。丘の頂上から空川の流れる谷に降り、また丘の上まで上りきるまでの道だ。車道の広さは淡島通りの他の区間と同じなのだが、中央の緑に加え、並木のある広い歩道がこのあたりの眺望をよくしている。湾曲していて起伏があり、道幅も一定でないという、このあたりならではともいえそうな道路の特徴を満たしてもいる。
江戸時代には将軍が鷹狩に通った道で、今ではそのころの道筋とは違ってはいるものの、起伏ある眺望に変わりはなかっただろう。一面の緑とはるかかなたの山並みの遠景が素晴らしかったことは今でも想像ができる。
この緑豊かで空の広い歴史ある風景は、いつまでも残したい貴重なものなのではないだろうか。
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by mtejima1 | 2008-08-15 17:40 | 駒場
松見坂には商店会がない。その昔はバス通り商店会というのがあったとも聞いているが、豆腐屋とか八百屋とかのかつてあった店はなくなっている。だから商店会を作りにくいということもあるだろうし、現実に振興会などというものがあるわけではない。そのため、松見坂ブランドが育ちにくいということもありそうだ。集客は店単位だから松見坂という地名を印象づけられることは難しい。渋谷のはずれというぐらいに思われているのかも知れない。
駅から離れたところにある、広い道路に面したユニークなレストラン街、とでもいうことで松見坂ブランドが認知されるようになるともっと客が来ることが期待できる。松見坂交差点側のイタリアンレストラン、ドーヴェ・チェ・ラ・フォンテでは「渋谷の喧騒を離れた”泉のある”レストラン」という表現を使っている。渋谷の喧騒を離れた街、松見坂、というのではちょっと消極的すぎるか。松見坂の振興とブランドイメージ向上のためのキャッチコピーを考えて見よう。
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by mtejima1 | 2008-08-13 22:05 | 駒場

石橋供養塔(8月3日)

文化9年(1812年)に建てられたという石塔がある。いつからそこにあったのか知らないが、最近それがあることに気が付いた。場所は神泉仲通が旧山手通りを越えて、山手通りにぶつかるところ。江戸時代には滝坂道と呼ばれ、更にそれ以前、甲州街道が出来るまでは甲州中出道と呼ばれた重要な街道だった。将軍が駒場で鷹狩をしたときに通った道でもある。山手通りが出来たのは1964年で、その工事が始まる前までは、淡島通りに直接つながっていたのだ。ずいぶん急な坂道で、それだけに眺めの素晴らしい場所だったかと思う。
石橋供養の石橋というのは、渋谷区と目黒区の境界を流れていた三田用水にかかっていた橋のことだろうか。書かれている文字は読みにくいのだが、3つの村の名前が書かれている。それらの村の境界に立てられたものなのか。今や幹線道路の面影どころか通りの名前すらないところだけに、往時をしのぶ貴重な石塔といえる。

追記:4日に村の名前を確認しようと読んでいたら、近くにころがっていた石塔を先月ここに移したという人が現われ解説をしてくださった。目黒区教育委員会では拓本をとって読み取り、それを表示する段取りになっているそうだ。石塔には将軍の鷹狩のために、淡島通りの底にあたるところで現在は暗渠となっている空川に橋をかける費用を負担した村の名前が書かれているとのこと。村の名前は3つではなく10以上ある。読み取れない文字も解読されることだろう。淡島通りの拡幅工事の時にでも捨てられたのだろうか。
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by mtejima1 | 2008-08-03 20:26 | 駒場